2011年12月28日

まばたきの詩人

水野源三。長野県の一村に生まれ、脳性小児麻痺にかかり話もできず、字も書けず、自分の身体を動かすこともままならない境遇で、文字盤とまばたきで詩を作り、語り、神を讃えて多くの人に慰めを贈ったという奇跡の詩人がいた。
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水野源三先生は、1937年(昭和12年)長野県に生まれ、敗戦後間もない小学校4年生(9歳)の時、赤痢にかかり、その高熱から脳性麻痺になって全身麻痺になってしまったそうです。それ以降、食事・入浴はもちろん、座るも寝るも他人の手を借りなければ何もできない身体になってしまったのです。先生が意思表示できる手段は「まばたき」だけしかなかったというのです。

源三先生が13歳の時、訪問伝道をしていた一人の牧師さんから1冊の聖書をもらいます。お母さんはコタツの上に聖書を立てかけて、ページが風でめくれないように左右を洗濯ばさみで留めて、読んだら1ページめくってあげました。そうして聖書を読んだ先生は、18歳の時に洗礼を受けてクリスチャンになったそうです。そして、その頃から詩を作ることを始めたようです。

先生の詩集は47歳に他界するまでに、びっしり書かれたノートが4冊、およそ300ページまでになりました。その詩は神を讃え、感謝し、自分の境遇を苦にしたものは一つもなかったと言います。ここにも偉大にな神の人がいました。


「 砕いて砕いて砕きたまえ 」

み神のうちに生かされているのに

自分ひとりで生きていると 思いつづける心を

砕いて砕いて砕きたまえ


み神に深く愛されているのに

ともに生きる人を真実に愛し得ない心を

砕いて砕いて砕きたまえ


み神に罪を赦されているのに

他人の小さなあやまちさえも赦し得ない心を

砕いて砕いて砕きたまえ



「 キリストを知るためだとわかりました 」

病に倒れたその時には 涙流して悲しんだが

霊の病いやしたもう

キリストを知るためだとわかり

喜びと感謝に変わりました


友にそむかれたその時には 夜も眠れずに恨んだが

とわに変わらない友なる

キリストを知るためだとわかり

喜びと感謝に変わりました


過ち犯したその時には 心を乱しくやんだが

すべてをばつぐないたもう

キリストを知るためだとわかり

喜びと感謝に変わりました



「 ひまわり 」

庭から切ってきた
 
大きな大きな ひまわりの花が

小さな小さなことに こだわる

我が心に 話しかける

かみさまの大きな大きな愛を



「 今年も毎朝 」

今年も毎朝 母に聖書を

1ページ1ページめくってもらい

父なる御神からの

新しい力 新しい望み

新しい喜びを受ける


「 主から受けし 」

今日1日 主から受けし 多くの恵み

人々が床につくこの静かな夕べ

たたえても たたえても たたえつくせなき


胸にうれしく み言葉思い ことあるごとに

祈りをなして 主の御愛に 生かされてきし

たたえても たたえても たたえつくせなき


こころみの風 時おり吹けど 憐れみ深き

主のみ腕に 支えられていて 喜び耐えぬ

たたえても たたえても たたえつくせなき



「 生きる 」

神さまの大きな御手の中で

かたつむりはかたつむりらしく歩み

蛍草は蛍草らしく咲き

雨蛙は雨蛙らしく鳴き

神さまの大きな御手の中で

私は私らしく生きる


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源三先生も心の格闘の末に
神の愛を掴んでいったことが分かる。

どんな時にも神に向き合って
神のみ意を悟り取っていく真剣さ。

真摯に神を求めた先生の気迫が
伝わってくる。

posted by デデボー at 15:23| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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