2009年07月12日

傲慢と戦う

亨進様は「賛美は毒だ。賛美する人は、わたしに毒を盛る人だ。最も警戒しなければならない」と考えておられるそうです。「賛美に酔いしれるようになったら、もうアウトだ」とまでおっしゃいます。
(ファミリー2009.7、光言社、30ページ)
-------

「この人はきっと賛美したら喜ぶような人だろう」
と思うから相手は賛美するというのだ。

つまり、ある意味において、
賛美に弱い人だと、見抜かれているわけだ。

よく裸の王様というが、
知らぬは自分ばかりというのでは悲し過ぎる・・・。

king.bmp

この「賛美は毒だ」とおっしゃる文亨進(ムン・ヒョンジン)様は、
ご自身が、傲慢と真剣に戦っておられるのを感じる。

文鮮明先生の7男であり、
世界会長という地位にも関わらず、

毎朝2時半から、朝の祈祷、体操、120拝の敬拝を
続けていらっしゃるという。

日本に来られた時も、その生活のスタンスは変えない。
その姿に接して、確かにすごい基準だと痛感した。

そして毎日、本部教会のトイレ掃除もしておられるそうだ。

「リーダーは絶対に傲慢になってはいけない」
としきりに言われる言葉には、自分をも厳しく戒めているように思える。

魂を磨くことに余念のない姿勢に
新しいリーダーの姿を見る。

そういうリーダーによって築かれる世界は
どんな風になるのだろう。
考えてみるとわくわくする。

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
↑クリックお願いします。m(_ _)m

posted by デデボー at 00:28| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月10日

時の洗礼

現代文学を信用しないというわけじゃないよ。ただ俺は時の洗礼を受けてないものを読んで貴重な時間を無駄に費したくないんだ。
(ノルウェイの森、村上春樹、講談社)
-------

大学時代に村上春樹の本をよく読んだ。

「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」、「ダンス・ダンス・ダンス」、「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」、そして「ノルウェイの森」。

この「ノルウェイの森」の中に出てくる永沢さんという主人公の先輩がユニークな人物で、印象深い。

彼はすごい読書家で、死後30年を経ていない作家の本は原則として読まない。
時の洗礼を受けてない本は信用しないと言う。

この発想がとても斬新に思えて、たまに思い出す。

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ベストセラー本でもヒット曲でも
半年や1年で話題から消えていくものが多い。

時の風化というか時の洗礼に耐えられるものは極めて少ない。
時間空間を超えて普遍的に人の心を打つものだけが、
クラッシックとなって後世に残される。

聖書などは永遠のベストセラーと呼ばれ、
数千年の歴史を持つ。

まさに時代を超え、歴史を超えた本だ。
読む価値は十分にある。

そこで思うのが、統一教会の「原理講論」(光言社)という本だ。
「原理講論」は、聖書の宗教的価値をさらに高い次元に引き上げた書物だと思う。

私個人、この「原理講論」を読んで、
聖書が神によって書かれた啓示の書であることを確信するようになった。

私は、この「原理講論」も時の洗礼を受けて
なお輝き続ける数少ない本の一冊となることを予感している。

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
↑クリックお願いします。m(_ _)m
posted by デデボー at 00:48| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

信教の自由

すべて人は、思想、良心及び宗教の自由に対する権利を有する。
(世界人権宣言 第18条)
-------

先日の「信教の自由を求める祈りの集会」の話のつづきだが、
日本で「信教の自由」といってもあまりピンとこない。

しかし、欧米では「信教の自由」と言ったら、
人権の中でも最も重要かつ古典的なものであり、
この「信教の自由」を求めて、革命がおきたり、国ができたりしている。

近代国家自体が、「信教の自由」を求める過程でできあがってきた経緯があるので、
近代国家と名乗る以上、「信教の自由」が保障されていることが大前提となる。

hato.bmp

しかし日本の場合は、近代国家の成り立ちが海外列強の脅威によって始まったので、
「信教の自由」は、近代国家の体裁を整わせるために
あとから取って付けたようなところがある。

これだから、日本では「信教の自由」がそれほど貴重視されていないのだろう。

統一教会においては
過去40年間においておよそ4000人の教会員が
拉致監禁され強制改宗を強いられたという信じられない事実がある。

私の周りにも
そういう目にあった知人が
何人といる。

歴史的見て、宗教や神様を擁護した事例は
英雄的行為として歴史に記録されている。

その反対の行為に対しては、歴史の評価は極めて厳しい。

日本国を歴史的批判から守るためにも、
「信教の自由」の大切さを祈る集会は意味が大きいと思うのだ。



にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
↑クリックお願いします。m(_ _)m
posted by デデボー at 18:06| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月08日

祈りの集会

もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。
(新約聖書マタイによる福音書18章19節)
-------

昨日、「信教の自由を求める祈りの集会」があり、行ってきた。
場所は、日比谷公園大音楽堂。
主催は、文鮮明先生の創設した世界平和青年連合だ。

500人くらいが集まって、皆で心を合わせて祈る時間をもった。

より多くの人が集まって神の前に一つのことを願い求めると
それだけ神の心をより大きく動かすことができるという。

inori.bmp

1人の子どもがお父さんにテレビゲームをねだるのと、
5人の兄弟がみんなそろって食い下ってねだるのでは、
お父さんの心をとらえる度合いは明らかに違ってくるのと同じ原理なのだろう。

イエス様も言われるように、
2人以上が集まって同じことを祈るということの恩恵は大きいのだ。

昨日の日比谷公園は日差しが強く、とても暑かった。
そこで汗を流しながら、心静かに祈る時間をもった。

時折、さわやかな風が吹いてきて
心地よい気分になったが、
それが神様からの、祈りに対する返事のようでもあった。



にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
↑クリックお願いします。m(_ _)m
posted by デデボー at 16:52| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

熱き祈祷

祈りとは「人間のなし得る最高の業」と言うことができます。
(新・熱き祈祷のすすめ、松本雄司、光言社、22ページ)
-------

私が信仰を持って、
得たものの一つに「祈り」がある。

世に言う聖人義人の人たちは
この祈りによって、勇気や知恵や愛などを与えられているという。

アメリカ大統領だってお抱えの牧師がおり、
国家や世界の命運を決する判断においては、
ひざまずき神の前に祈って最終決定をするという。

MPj04341350000[1].jpg

文先生の祈りはすごい。
http://www.youtube.com/watch?v=aATAvVvJzEQ

魂の叫びのような気迫を感じる。
この熱き祈祷が歴史を動かしてきたという感じさえ受ける。

多く祈っている人には勝てない、と誰かが言っていた。
私もそんな祈りを積み重ねる日日を過ごしたい。



にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
↑クリックお願いします。m(_ _)m
posted by デデボー at 22:44| 東京 🌁| Comment(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。