2011年12月27日

ある祈りの詩

大事をなそうとして力をあたえてほしいと神に求めたのに、慎み深く従順であるようにと
弱さを授かった。

(日野原重明、こころ上手に生きる、講談社プラスアルファ文庫)
-------

NYリハビリテーション研究所に書かれた末期癌患者のある祈りの詩。

こころ上手に生きる (講談社プラスアルファ文庫) [文庫] / 日野原 重明 (著); 講談社 (刊)


大事をなそうとして
力をあたえてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと
弱さを授かった

より偉大なことができるように
健康を求めたのに
より良きことができるようにと
病弱を与えられた

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして
権力を求めたのに
神の前にひざまづくようにと
弱さを味わった

人生を享受しようと
あらゆるものを求めたのに
あらゆるものを喜べるようにと
生命を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞きとどけられた
神の意にそわぬ者であるにかかわらず
心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた
私はあらゆる人のなかでもっとも豊に祝福されたのだ

--
素晴らしい詩だ。
無私になって、自分を顧みて
「あらゆる人の中で最も豊かに祝福されていた」と
宣言する末期がん患者さんの言葉には
自分の中の不平や不満を一掃する力があった。


posted by デデボー at 00:08| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月19日

故郷

近代化で故郷の情景は変わります。それでもなお、この歌が世代を超えて愛されているのは、讃美歌の影響を強く受けた岡野の美しい旋律によるのかもしれません。
(月刊ハーストーリー10月号、世界平和女性連合出版部、18ページ)
------

『故郷』 (作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一)

usagi.jpg1.兎追いし かの山
  小鮒釣りし かの川
  夢は今も めぐりて
  忘れがたき 故郷

2.如何にいます 父母
  恙なしや 友がき
  雨に風に つけても
  思い出ずる 故郷

3.志を はたして
  いつの日にか 帰らん
  山は青き 故郷
  水は清き 故郷


とても有名な歌だ。
最初の出だしの「兎おいし」のところは
子供の頃、「兎美味しい」に聞こえて、
兎を食べるか歌かと思ったものだ。

しかし、改めて歌詞を読んでみると
懐かしさで胸に熱いものが込み上げてくる。
日本人の心しみる名曲だ。

この歌は大正13年に発表されたものらしい。

作詞は長野県出身の国文学者で作詞家の高野辰之氏。
自然豊かな長野の山奥で、野山を駆けまわり河原で遊ぶ
高野氏の子供の頃の情景が目に浮かぶ。

作曲は鳥取県出身の敬虔なクリスチャン岡野貞一氏。
アメリカ人宣教師に音楽的才能を認められてヨーロッパで音楽を学び始め、
東京音楽学校(現・東京芸術大学)に入学、
のちに同校の教授となったそうだ。

私が関心を持ったのは、岡野氏が熱心なクリスチャンだったという点だ。
「日本人の心」とまで言われている岡野氏の美しいメロディーは、
讃美歌からきているのだ。

一般に流行曲は半年もすれば飽きられてしまう。
しかし、讃美歌は100年前、古いものだと400年前から歌い継がれている。

人間的に作られたものは1年も持たない。
神から来るものは時空を超えて永遠性を持つ。

「日本の心」として長く歌い継がれている歌の根底に
神への信仰が密かに秘められていたというのは
私にとって驚きであり、喜びであった。

posted by デデボー at 17:46| 東京 ☁| Comment(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月27日

ニコライ堂

用事でお茶の水に行った帰りに
教会の兄弟たちと「ニコライ堂」を見学してきた。

PICT0012(1).jpg

300円を払って中に入ると
親切な神父さんが詳しく説明をしてくれた。

「ニコライ堂」の正式名称は、東京復活大聖堂といい、ギリシャ正教、ロシア正教の流れをくむ。
また、正教会は神父さんも結婚すると聞いて意外だったので驚いた。

この正教会における聖人の決め方がユニークだ。
死後、土葬し数年たって墓を掘り返し、体が腐敗していなかったら聖人と認定されるそうだ。
そんな人が果たしているのかと懐疑心を抱いたが、
ロシア、ギリシア等で過去5000人以上が死体が数年たっても腐敗しなかった人が実際いたらしい。
ここを作った聖ニコライさんも腐敗せず、聖人となっているという。
ちなみに日本人で聖人となった人(死体が腐敗しなかった人)はまだいないそうだ。

また、とても興味深い話があった。ニコライ堂が建設された明治時代にこの正教会は皇室のことを祈る習慣があったそうだ。正教会はキリスト教、皇室は神道、と宗教は違うが、お互い祈り合っていたという。だから、聖ニコライさんが他界した時に皇室からお悔やみのお手紙だか、お品だかが届いたそうだ。その伝統は今も受け継がれていて、ニコライ堂では今でも皇室や日本のことを祈り続けているという。

この素晴らしい伝統に脱帽。
宗教を超えた素晴らしい祈りに心から敬意を表する。m(_ _)m

また、ニコライ堂の中にはたくさんの絵が掲げられており、それらをイコンという。その絵を通して神様の世界に入っていけるそうだ。このイコンを英語で言うとアイコンで、パソコンのデスクトップにあるお馴染みのあれだ。アイコンをクリックすると違う画面に入れるように、イコンに思いをはせることによって、神様の世界に入っていけるのだそうだ。この説明は分かりやすく、うまいと思った。

120年の歴史があるニコライ堂で祈り、とても神聖な思いになった時間だった。

posted by デデボー at 10:19| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月26日

原理講師修練会

3月23日から25日まで
2泊3日の「チャート式中級原理講師修練会」
に参加して来た。

原理を聞いてもう20年になるが、
改めて文鮮明先生が解かれた「統一原理」の
すばらしさを実感した3日間だった。

s-PICT0003.jpg
第4回 全国中級原理講師修練会 横断幕

s-PICT0007.jpg
パソコンでチャート式原理講義の激しい特訓は続いた

s-PICT0006.jpg
修練会の様子(休憩中)



posted by デデボー at 01:44| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月15日

沈黙の中にこそ

人間関係において、主要な意思疎通の手段とは何でしょうか。話すことと聞くことです。ところが、統一教会員たちの多くは、主に“話す”ことに重点を置いた祈祷をしています。特に、神様に何かを求めようとする請願的な祈祷をします。しかし、その反面、多くの場合、私たちは“神に聞く”ことをしません。私たち自身を静かに整え、神様が自ら顕現なさる、沈黙の空間を準備しないのです。
(天和堂、文亨進、光言社、31ページ)
-------

聖書に「静まって、わたしこそ神であることを知れ」(詩篇46章10節)
という聖句があるそうだ。

深い沈黙の中にこそ、
個人の復活と希望、途絶えることのない善の源泉、無限の知恵を発見し、
さらに神様の深い悲しみと傷を感じられるという。

meiso.jpg

私の好きな詩の一節。
確か永井隆の詩だった気がする。

 心静かに聴けば、
 青雲の彼方より
 おごそかにのたもう声あり。
 「恨みあらばこれを許せ。
  汝ら相愛せよ。」

困って神の前で沈黙すると
いつもこの一節が思い出される。

神様の願いはこのひと言に込められている
と気を取り直し頑張れることが多い。

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
↑クリックお願いします。m(_ _)m

posted by デデボー at 23:35| 東京 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。