2009年09月19日

女性原理の先進国・日本

西洋世界に比べて、わが国の思想的、社会的伝統はまったく異なる。キリスト教では神はアダムを作り、そのあばら骨からその補助者としてイブを作ったのであるが、日本神話では最高位の太陽神・天照大神からして女性神である。
(国際派日本人要請講座5、伊勢雅臣、こだま書館、49ページ)
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「自分はどんな人間になりたいか」を
数ある形容詞の中から選択するアンケートが西欧5カ国で行われたそうだ。
男女それぞれ多かった回答は以下の通り。

男性:
「大胆な、競争に勝てる、有能な、支配力のある、断固とした、賞賛される、実際的な」

女性:
「温かい、愛される、寛大な、思いやりのある、魅力的な、友好的な、惜しみない」

男性は「地位と力」、女性は「関係と協力」を大切にするという結論だ。

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そこで、世界に目を転じてみると、
これまでの西欧が主導した近代世界システムはまさに「地位と力」だ。
植民地主義、人種差別、自然征服などパワーが物を言う弱肉強食の世界だった。

そして、核兵器と地球環境破壊という行き詰まりを迎えた。

21世紀には人類は「関係と協力」という女性原理に方向転換し、
新しい世界システムを構築していかなければならないという。

そこで、スポットライトを浴びるのが、
女性原理の先進国・日本だろう。

日本人の基本姿勢は、
聖徳太子の「和をもって貴しとなす」だ。

この根本には、神武天皇の日本建国宣言があると思う。
天皇が民を「大御宝」として、ひとつ屋根のもとで仲良く暮らすことを理想としてきたのだ。

日本には「関係と協力」を大事にしてきた歴史と伝統がある。
文鮮明先生が日本を「母の国」と位置づけるのも大変うなずける。

世界を「地位と力」から「関係と協力」へ。
女性原理の先進国である「母の国」日本の責任は重大だ。

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2009年09月09日

「譲る」ことの大切さ

「COBSクリックランキング」(2009年1月現在、2125人対象アンケート)によると、「彼氏・彼女に嫌われる人とは?」という問いに、「不潔」「浮気をする」「思いやりがない」「嘘をつく」を抑えて、なんと、断トツ1位の栄冠に輝いたのは「自己中心」であった。男も女も蔓延する「自己中心」に嫌悪感を示し始めているのは確からしい
(月刊紙「NEW YOUTH 2009/9」、世界平和青年連合、14ページ)
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昨今の世相は極めて自己中心的になり、
自分さえよければ他を顧みないという実に嘆かわしい
状況ではなかろうか・・・。

と思っていたところ、
最近は自己中心に嫌悪感を示す青年が増えているのだそうだ。

いい傾向いえばいい傾向だが、
当たり前といえば当たり前だ。

akushu.jpg

日本の基本精神は「和をもって貴しと成す」であると思うが、
それは言葉を変えれば、「譲り合う文化」である。

1995年の阪神大震災の時も
配給制が取られ、食料をもらう群れが列をなすが

上空から見ると、その列が真っすぐだったという。
さらに、そんな状況でもお互い譲り合う光景があったそうだ。

これを見て外国人はびっくり。
日本民族の素晴らしさに感動したという。

また、日本が帝国主義時代に海外で活躍した
新渡戸稲造も「譲る」ことの大切さを自著で示し、
世界から高い評価を受けている。

■小路のせまい所では、自分から一歩立ちどまってよけて、相手に行かせてやり、
 また、おいしい食べ物は自分の分を三分位減らして相手に譲ってやるようにしなさい。
 このような心がけこそ、この世を生きていくうえで、極めて大事な安らかに生活する方法である。

■人が世の中を生きてゆく時には、自分から一歩譲ることがよりよい方法であるし、
 この譲ることがそのまま一歩を進める元になる。
 人に利益を与えることが実は自分の利益の土台となるというのである。

(新渡戸稲造著『自警録』意訳、世界日報2009/9/8、12面、ビューポイント参考)

日本人の良さの1つは、
「和」を大切にしてきた伝統だ。

合理的に効率よくといった自己中心的発想でなく
「譲る」ことの大切さを忘れない日本人でいたい。

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posted by デデボー at 09:14| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月05日

エコロジー都市・江戸

江戸の都市は、世界に類をみない衛生的な都市であったとされています。稲作を基調とした社会システムの中で、し尿や生ごみといった有機物が農村で肥料として土に還り、都市に残ることがなかったことがその理由とされています。近世ヨーロッパの都市では伝染病が猛威をふるいましたが、日本では、病原体の媒介となりうるし尿が放置されず有効利用されていたために、比較的少なかったようです。
(世界日報9月5日12面)
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江戸時代260年は、大きな戦争もない平和な時代だった。
これは日本歴史の約8分の1にあたる期間で、
こんなにも長い期間、高い文化を保ちながら平和が続いた例は他には少ないのではないかと思う。

その江戸がエコロジー都市としても再評価されているという。

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幕末に来日したハリス領事は江戸を見て驚いたという話を聞いたことがある。

「人々はみな清潔で、食料も十分にあり、幸福そうであった。
 これまでにみたどの国にもまさる簡素さと正直さの黄金時代をみる思いであった」
と記録しているという。

清潔だったというところが、日本人としてとても誇らしく思う。

当時世界の大きな都市では排泄される糞尿の処理が大きな悩みの種だったそうだ。
しかし、江戸時代はその糞尿などの都市の廃棄物を
農村に運び肥料としてリサイクルするシステムが作り上げられていたというのだ。

これによって同時代のヨーロッパの都市などとは、
比較にならないほど、衛生的な都市生活が可能となったという。

そして世界最大の人口100万人都市を作ったのだ。
ヨーロッパ最大の都市ロンドンでも当時の人口は、
57万人だったというから、江戸の大きさがうかがえる。

独自で、見事なリサイクルシステムを作り上げていた日本の先人たちに
心から拍手を送りたい。

平和で自然と共生する社会を作り上げたエコロジー都市・江戸は素晴らしい。
その優れた先祖をもつ私たち日本人は、
先人たちの知恵を世界に提供する重要な使命を持っているように思う。

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ラベル:戦争 平和 江戸
posted by デデボー at 15:04| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月20日

魚を釣る方法を教えよ

飢えたものに一匹の魚を与えるよりも、魚を釣る方法を教える方がずっと効果的で価値があるのではないかな。飢えに苦しむ国の人々が、いつまでも他国の援助を求めず、自力で増産に取り組めるようになることだ肝心だ。そのお手伝いをすることを、我々の目的にすべきではないだろうか。
(よみがえれアフリカの大地 笹川グローバル2000の奇跡、山本栄一、ダイヤモンド社)
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子供の頃、「世界は一家、人類は兄弟」と叫ぶコマーシャルがあった。
日本船舶振興会・笹川良一さんの宣伝だ。

この笹川さんの一般的なイメージは
右翼、政商、利権屋といったものだが、
現実の姿はかなり違うようだ。

「笹川グローバル2000プロジェクト」というものを主催し
アフリカ支援にかなりの精力を注いでいる。

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そのプロジェクトは
「魚を与えるよりも、魚を釣る方法を教えよ」
という目的で行われ、

お金の援助ではなく、
自立自助を実現させることを目的としたという。

その成果は見事なもので、
砂漠化と飢餓に苦しむアフリカ諸国に
自給自足、年収倍増の道筋をつけ将来に希望を与えた。

 我々はサンタクロースではない。
 物を与えるためにやってきたのではない。
 あなた方の国を自立させる。
 その手助けをするためにやってきた。

そういう信念に貫かれた援助が
アフリカの国々を立ち直らせ、
「日本よ、ありがとう」という感謝の言葉になっているという。


ところで、日本では衆議院の選挙戦が始まった。
マニフェストを掲げての自民と民主のぶつかり合いが熱い。

二党の公約を比べながらふと思った。

民主→魚を与える(子育て支援金、お金をあげる)
自民→魚を釣る方法を教える(経済立て直し、お金を作れる国づくり)

こういう風にも見える。

民主党より自民党の方が
目の付け所はいいかも知れない。

昨日の新聞でもこの3か月のGDP成長率は0.9%アップ、
年換算で3.9%アップというから
自民党の景気回復政策はそれなりに結果を出している。

ちなみにヨーロッパ・ユーロ圏もアメリカも、
この期間ともにマイナス成長だ。

この世界同時不況の中で、日本は健闘していると言える。

健全な政策は、お金をあげるより
お金を作り出せる社会作りではないか。

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posted by デデボー at 08:23| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月18日

日本の王朝はなぜ続く

初代の神武天皇は即位される際に人民を「大御宝」と呼び、様々な部族が「一つ屋根」のもとで家族のように暮らすことを理想とされた・・・
(国際派日本人教養講座5、伊勢雅臣、こだま書館、178ページ)
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日本にはどうして万世一系といわれる王朝が続いたのだろうか。

神話の時代から現代まで
断絶することなく続いてきた世界でも珍しい王朝が
日本の皇室である。

皇室Our Imperial Family 第42号(平成2 (扶桑社ムック)

日本の王朝は、ヨーロッパやシナのように革命などで
滅ぼされることは一度もなかった。

それどころか、基本的には国民に慕われ、
敬意を払われてきた長い歴史がある。

どうしてだろう。
不思議だ。

ここに何か平和実現のヒントがあるように思う。
その答えは、ずばり神武天皇の「建国の詔」の中にある。

神武天皇は初代天皇で、紀元前660年2月11日に即位され、
国を治める決意を「建国の詔」に表した。

そこには国民のことを「大御宝(おおみたから)」と呼んで、
国民を宝物のように大事に守ると宣言しており、
これがこれまでの皇室の国民観であるというのだ。

そしてこれまで天皇や皇室のお仕事は
国民を祈ること、つまり祭祀にあったという。

国民を大御宝として、神の子として
祈りつづけ、情愛を注いできたというのだ。

これが皇室の一貫した責務であり、使命であり、伝統であった。

民を征服・支配する王とはだいぶイメージが違う。
支配者というより、親という方がしっくり来る感じだ。

つまり、日本の王朝・皇室は、国の親であった。
ここが皇室の万世一系を可能にした鍵ではないかと思う。

これを世界にも当てはめると、
世界にも親が必要だ。

親の情で、世界の平和を、人類の幸福を、祈り見守る親が必要だ。

このことに気づいた時に
文鮮明先生の「真の父母主義」の素晴らしさが光を放って見えてくる。

世界には人類の親、すなわち「真の父母」が必要だ。

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posted by デデボー at 08:32| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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