2010年07月07日

日本の2つの選択肢

朝鮮日報が出す総合月刊誌「月刊朝鮮」(5月号)にサムスン経済研究所日本研究チーム長の李佑光氏が「経済危機の中で明治時代のリーダーらに脚光」の記事を書いている。李氏は韓国の中央大学を卒業後、東京大学に留学し、経済学部博士課程を修了した日本通だ。サムスンという会社はいまや韓国トップの企業グループになっているが、昔から社員には日本語を必修として課すなど、日本をモデルとして多くのものを学んできた。政治よりも経済の論理で合理的に日本を分析してきた積み重ねがある。(VIEWPOINT JULY 2010、世界日報社、87ページ)
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最近、よく見かける韓国の家電メーカー「サムスン」が、日本をモデルに大きく発展してきたというのは初めて聞いた。その日本研究チーム長・李佑光氏の日本分析は興味深い。

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日本が今の苦境を抜け出すためには2つの選択肢があるという。

1.既存の価値観とシステムを果敢に脱ぎ捨てて、新しい価値観を生み出していくこと。
2.この程度の発展に満足して、英国のように『成熟国家』として生きていくこと。

日本は今後どちらの道を行くのだろうか。

李氏はいう。「我々は千年以上も日本を見てこなかったのだろうか?」と。日本はそれで終わる国ではないことを骨身にしみて理解しているのが韓半島の人々だという。そして、「おそらく日本は難しくて時間もかかるだろうが、新しい価値観とシステムを創造する道に入るだろう」と予測する。

私は、千年以上も日本を見てきたというこの韓半島の人々の言葉に、涙がにじむほど励まされた。日本はこのままで終わる国ではない。必ずや起死回生し、アジア、太平洋、そして世界に平和貢献する国家に立ち直っていくぞ、と固い決意をした。
posted by デデボー at 14:25| 東京 ☁| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

松陰の辞世の句

松陰の辞世の句に「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留めおかまし大和魂」とあります。どれほどの決意だったのでしょうか。その句を理解するには時代的背景を考えなければなりません。徳川幕府に反旗を翻す者は当時、国賊視されました。
(VIEWPOINT JULY 2010、世界日報社、54ページ)
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29歳で斬首された吉田松陰の辞世の句

  身はたとひ武蔵野の野辺に朽ちぬとも留めおかまし大和魂

yoshidashoin.jpg

当時、徳川幕府に反旗を翻す者は、国賊視された。

そういう人の遺体の扱いは、
穴を十分に掘って埋められず、土を少ししかかけられなかったという。

その遺体は野良犬に食べられたり、
カラスにつつかれたりして散乱し
その場所には腐臭が漂っていたそうだ。

そこが今の小塚原というところ、
すなわち東京都荒川区南千住だったという。

松陰は「武蔵の野辺に」、つまり南千住に
自分の屍がさらされることを覚悟しての句だったのだ。

げげっ、私は驚いた。
私がいつも活動しているのが足立区の北千住で
南千住とは隣の駅だからだ。

南千住は安政の大獄で20万人くらいが
処刑された場所なんていう話は聞いた事があったが、
罪人の遺体が捨てられる場所でもあったとは。

南千住の駅前に延命寺というのがあり、
そこの掲示板によると、

かつて江戸時代から明治初期には、
小塚原刑場という処刑場(仕置場)があり、
20万人余の罪人がここで刑を執行されたという。

この小塚原処刑場は
江戸の三大刑場と言われていた場所だそうだ。

そしてやはり、吉田松陰もこの地に
葬り去られていると書かれている。

非常に重たい地なのだな。
我々宗教者が多くいるのも意味があるんだな
と感じた。
posted by デデボー at 23:31| 東京 🌁| Comment(2) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

天皇陛下

小林よしのり氏のマンガ「昭和天皇論」
とても読み応えのあるものだった。

ゴーマニズム宣言SPECIAL 昭和天皇論 ゴーマニズム宣言SPECIAL天皇論

昨年の夏ごろに前作の「天皇論」を読んで
日本国民のために人知れず祈り続けられる
今上天皇のお姿にとても感動し感謝の思いを強くした。

天皇陛下を掘り下げていくと
日本という国の素晴らしさを再発見し、
日本国民としての誇りを新たにできる。

昭和天皇の生き様にはとても感動した。
この素晴らしい方が日本史上最大の国難期に
国家のトップにいて下さったことに心から感謝する。

昭和天皇様に敬礼。

posted by デデボー at 23:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

公に徹した人たち

父ヨリ 恵子ヨ、可愛イ恵子ヨ。父ハ恵子ガ早ク大キクナリ、立派ナ人ニナリ、御国ノタメニ働クコトヲ祈リマス。母ノ教ヘヲヨク守リ、誰ニモ負ケヌ様ニ、オ勉強シナサイ。「努力ハ天才ニ勝ル」ト言フ事ヲ念ニ収メ、偉イ人ニナッテ母ニ孝行ヲシナクテハナリマセン。父ハ東京ノ靖国神社デソレバカリ祈ッテイマス
(陸軍少佐 池亀重作命、昭和17年11月23日、40才)
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教会のメンバーたちと
靖国神社に行ってきた。

そこにはペリー来航から大東亜戦争までの
国のために命を捧げた2,466,532人の霊が祀られているという。

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文鮮明先生は
「国を愛せない者に世界を愛することはできない」
といわれる。

また聖書には
「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」
(ヨハネ15/13)とある。

世界を愛するには、まず国を愛すること。
そして最高に国を愛した人が靖国神社にいる。
この方々の精神を訪ねよう。

そんなことを思いながら
お参りをしてきた。

神社の入り口に40才で戦死した方の遺書が掲示されてあった。
残された子どもに当てたものだった。

遺書といったら自殺というのを連想するが、
それは自殺の遺書ではない。

生きることを放棄して書いた遺書ではない。

生きたい思いを押し殺して
残される父母や妻子のことを思って書く遺書だ。

個人主義の世にあっては
考えられないシチュエーションだ。

気が遠くなるような思いになって
その心境は推し量ることができなかった。

自分をなくして公に徹した人がいた。
靖国神社には246万人もそういう人が祀られている。

そう思うと
その拝殿の前で圧倒される思いになった。

たまにはこういう所に立って、
自分の公的意識の程度を恥じるのも良い。


posted by デデボー at 23:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月27日

「日本人らしさ」とは

自分にとって、満足できるための基準は少なくともだれかに勝ったときではない。自分が定めたものを達成したときに出てくるものです
(イチロー思考、児玉光雄、東邦出版、10ページ)
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「日本人らしさ」とは何だろうと考えることがある。
それは日本の歴史と伝統の中に答えがあるはずだ。

・調和を重んじる和の文化
・譲り合いの文化
・強制力がなくても秩序を保てる恥の文化
・ムラ社会、家族主義
・潔いサムライ精神
・勤勉、根気、実直
・求道者

すなわち、
人間関係では、相手を気遣う「和」を重んじ、
個人においては、自分に嘘をつかない「潔さ」をもつ。

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この辺が、「日本人らしさ」ではないだろうか。
この「日本人らしさ」が激動の歴史の中、
日本をここまで作り上げた原動力であると思う。

イチローの本を読んでいたら、
彼の中にサムライっぽさを多く感じ、
潔くカッコいい日本男児を見る気がした。

自分勝手と往生際の悪さはカッコ悪い。

日本人として
「和」と「潔さ」を重んじる
「日本人らしい」生き方をしたい。

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posted by デデボー at 21:26| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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