2009年06月30日

人間万事塞翁が馬

日韓両国は対北運命共同体へ近づきつつある。
(世界日報6月30日社説)
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ある2人が、共通の敵を持つことによって、結束力を強めるというのは、身近な人間関係でもよくあることだ。

日本と韓国も、北朝鮮の核という共通の脅威によって、急接近しつつある。

世界日報では「日韓関係は今や提携強化のまたとないチャンス」と評している。
対北運命共同体へと近づきつつあるというのだ。

日本と韓国が近く、仲良くなるのいいことだ。
北の核が思わぬ良い結果をもたらしている。

こういうのを、人間万事塞翁が馬、というのだろうか。

さらに米国が「核の傘」で両国を守るという体制が整えば、
日韓米が運命共同体になる。

神様の摂理から見たら、これまたいい方向だ。
最近、腑に落ちない北の核問題の中にもいい話は潜んでいるものだ。
神様の摂理は人間には推し量れない。


posted by デデボー at 11:09| 東京 ☁| Comment(4) | 世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月23日

専守防衛

これに対して私は、北朝鮮の核ミサイルに対しては、核の傘(アメリカによる)と通常兵器の先制攻撃能力(日本による)で対抗せよと主張する。
(月刊ビューポイント2009年7月号、世界日報社、94ページ)
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日本は専守防衛という世界に類を見ない戦略をとっている。
やられたら、やり返すということだ。
つまり、先に手を出さない。

この欠点は、一撃目はダメージを受けるということだ。
もし、一撃必殺の強力兵器で責められたら、一巻の終わりだ。

新約聖書の戦略も、
「人もし汝の右の頬を打たば、左をも向けよ」(マタイ5/39)
「汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ」(マタイ5/44)
だから、専守防衛、いやそれ以上の消極さを勧めている。

この戦略の本質は、相手の良心をえぐり出すことだ。
非人道的なことをした者の、心の奥底に眠っている良心を目覚めさす。
それを信じて待つという姿勢なのだ。

これが神様の戦略であるという。

痛みを伴う戦略であり、下手するとあの世行きになる。
イエス様もそうして、自らの尊い御身を犠牲に人々の良心を叩き起した。

しかし、イエス様をはじめあまりの犠牲の大きさに触れると、
国家間の戦いにもこの戦略は通じるのだろうか。
先制攻撃をせずに、良心を目覚めさせる方法はないのだろうか。
そんなことを考えてしまう。


posted by デデボー at 19:40| 東京 ☀| Comment(0) | 世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

力ある者の沈黙

日本が核ミサイルを持つ経済的、技術的能力があるのにじっと我慢して待たないでいるというのは、(日本を怒らしては大変だから)それ自体立派な抑止力になる。
(月刊ビューポイント2009年7月号、世界日報社、95ページ)
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そう言えば、日本にはその気になれば、核ミサイルを持つ経済力も技術力もある。
見方によれば、ミサイルが飛んでいているこの期に及んで、敢えて待たずにいる訳だ。

世界第2位の経済大国で、世界有数の技術立国であることを思えば、その日本が非核三原則をしっかり守っているということは、平和への決意を世界に表明しているとても真摯な姿であると、世界から見えなくもない。

力ある者の沈黙。
確かにこれは抑止力になる。

日本の経済力、技術力を世界に知らしめるということ自体が、日本の潜在的力を連想させ、それが抑止力、ひいては世界平和に有効であるということだ。


posted by デデボー at 14:38| 東京 ☀| Comment(0) | 世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月21日

良心の抑止力

しかし、非核三原則の前提は、アメリカがその核を用いて日本を守ってくれるとの「核の傘」があることである。
(月刊ビューポイント2009年7月号、世界日報社、94ページ)
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「人もし汝の右の頬を打たば、左をも向けよ」(マタイ5/39)
「汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ」(マタイ5/44)

私はこれらのみ言の実践が、人間関係や地域、国家、世界に本当に平和や友好をもたらしてくれるのかを検証したいと考えている。

そこで、日本という国の防衛方針は、これらイエス様のみ言を深く考える上で、とても色々なことを悟らせてくれる。

日本は平和憲法をもち「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を掲げている。また非核三原則「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」を守ることを世界に公言している。

そして実際、それで半世紀以上も平和がつづき、経済的繁栄を実現させた。
しかし、それはアメリカによる「核の傘」があったからこそ可能であった、と言える。

このような無防備政策には、その背後に強い意志と能力を持った存在が目を光らせているという条件が大前提にある。

では、イエス様のみ言はどうか。
右の頬を打たれた者が左の頬を向けて、第二撃を喰らった場合に、大いなる存在―神様―がみ力を発動して、その打った者を懲らしめてくれるだろうか。

そんなことは旧約聖書ならいざ知らず、新約聖書以降の神様にはありえそうにない。

しかし、イエス様は無防備を勧めるが、どうやって自分を守り、相手の悪い心に対抗せよというのだろう。

右の頬を打ってくる者ににらみを効かす大いなる存在が、外にではなく、内側にいるのだ。

すなわち、良心だ。
良心は第2の神様であると文先生は教えてくれる。

不正に他者を打つ者に第二撃を思いとどまらせ、呵責感をあびせ、さらには哀れみの情までも生じせしめる。これが良心だ。

日本にはアメリカの「核の傘」がある。
人間には各々の内面に「良心」がある。

それぞれが目を光らせ、悪なる行為への抑止力になっているわけだ。


posted by デデボー at 14:22| 東京 ☀| Comment(0) | 世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

アジア地域の責任大国

日本としては、今回の北朝鮮非難や制裁に参画するだけでなく、わが核政策の検討など国益を踏まえて、地域の安全保障問題に真正面から取り組む必要がある。そのためにはアジア地域の責任大国としての応分の責任遂行とそれを支える民意の成熟が今、問われている。
(世界日報6月18日12面)
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日本がアジア地域の責任大国として、責任遂行とそれを支える民意が必要であるという。

日本が憲法で「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を掲げてながら、半世紀以上も平和でやってこれたのは、ひとえに米国の保護のおかげである。

米国は世界の責任大国として、責任遂行とそれを支える民意があった。

改めてそう思うと、米国そして米国民は偉大であると思う。

なぜ、米国にはそういう民意が育ったのだろうか。
キリスト教国家であるということと無関係でないだろう。

おのれの如く汝の隣を愛すべし。(マタイ22/39)
全世界を巡りて凡ての造られしものに福音を宣べ伝えよ。(マルコ16/15)

この辺のイエス様のみ言が米国民のDNAにしっかり書き込まれているように思う。

日本はどうか。
日本国民のDNAには、

和をもって貴しとなす。(十七条憲法第1条)

が書き込まれ一貫して受け継がれているように見える。

日本は、運命共同体内でうまく調和してやっていくのはうまそうだが、他の運命共同体をまとめ上げて引っ張っていくのはどうだろう?

リーダーシップは誰かにとってもらい、それを調整・運営していくタイプのようだが。


posted by デデボー at 17:55| 東京 ☁| Comment(0) | 世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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