2009年11月03日

公に徹した人たち

父ヨリ 恵子ヨ、可愛イ恵子ヨ。父ハ恵子ガ早ク大キクナリ、立派ナ人ニナリ、御国ノタメニ働クコトヲ祈リマス。母ノ教ヘヲヨク守リ、誰ニモ負ケヌ様ニ、オ勉強シナサイ。「努力ハ天才ニ勝ル」ト言フ事ヲ念ニ収メ、偉イ人ニナッテ母ニ孝行ヲシナクテハナリマセン。父ハ東京ノ靖国神社デソレバカリ祈ッテイマス
(陸軍少佐 池亀重作命、昭和17年11月23日、40才)
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教会のメンバーたちと
靖国神社に行ってきた。

そこにはペリー来航から大東亜戦争までの
国のために命を捧げた2,466,532人の霊が祀られているという。

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文鮮明先生は
「国を愛せない者に世界を愛することはできない」
といわれる。

また聖書には
「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」
(ヨハネ15/13)とある。

世界を愛するには、まず国を愛すること。
そして最高に国を愛した人が靖国神社にいる。
この方々の精神を訪ねよう。

そんなことを思いながら
お参りをしてきた。

神社の入り口に40才で戦死した方の遺書が掲示されてあった。
残された子どもに当てたものだった。

遺書といったら自殺というのを連想するが、
それは自殺の遺書ではない。

生きることを放棄して書いた遺書ではない。

生きたい思いを押し殺して
残される父母や妻子のことを思って書く遺書だ。

個人主義の世にあっては
考えられないシチュエーションだ。

気が遠くなるような思いになって
その心境は推し量ることができなかった。

自分をなくして公に徹した人がいた。
靖国神社には246万人もそういう人が祀られている。

そう思うと
その拝殿の前で圧倒される思いになった。

たまにはこういう所に立って、
自分の公的意識の程度を恥じるのも良い。


posted by デデボー at 23:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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