2011年12月31日

ひとつ ―祈りの歌―

東北で亡くなった方々の無念さとか、残された者たちの悲しさとか無念さとか、それらを全部含めて、祈りの歌がないな、祈りの歌がほしいなってことを思ったんですね。その歌たちをどういう言葉で紡ごうかなと思って難儀しましたけど、何となく今回は自分が書いたんじゃなくて、何となく誰かに書かされたような。そんなに時間もかからなかったし、不思議な思いでしたね。
(長淵剛インタビュー)
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紅白で長渕剛が歌っていた歌を聞いて大変感動をした。
この歌は東日本大震災で被災された人々へ向けて
祈りのつもりで作った歌だと後から知った。

被災地へ送るレクイエムだったのだ。

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「 ひとつ 」

作詞:長渕剛 作曲:長渕剛

ひとりぼっちに させてごめんね
もう二度と
離さない 離れない 離したくない

君によりそい そばに生きるよ
もう二度と
忘れない 忘れさせない 忘れたくない

悲しみは どこから やってきて
悲しみは どこへ 行くんだろう
いくら考えても わからないから
僕は悲しみを 抱きしめようと 決めた

ひとつになって
ずっといっしょに 共に生きる
ひとつになって
君と生きる 共に生きる

月のしずくが 涙にゆれて
海に光る
逢いたくて 逢えなくて それでも僕は探した
星が降る夜 君を想い
ずうっと 歩いたよ
明日きっと 明日きっと しあわせになれるね

永遠のしあわせは どこから やってきて
永遠のしあわせは どこへ 行くんだろう
いくら考えても わからないから
僕は悲しみを 抱きしめようと 決めた

ひとつになって
ずっといっしょに 共に生きる
ひとつになって
君と生きる 共に生きる


この歌を早々にコピーして歌っている人がいた。
本人が歌っているんじゃないけど、雰囲気出てる。



posted by デデボー at 23:41| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

こだまでしょうか。

金子みすゞは、現在の日本でもっとも人気の高い詩人であることは間違いなさそうです。このブームのきっかけは、東日本大震災後にテレビで放送されてた社団法人「ACジャパン」のCMであったことは、多くの方がご存知かと思います。
(美しい言葉.com、こだまでしょうか、いいえ、誰でも。)
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金子みすゞの詩の特徴は
「限りない人間への優しさが詩からにじみ出ている」こと。



東北の大震災後に流されたCMの中で読まれている
金子みすゞの詩「こだまでしょうか」が話題になった。

やはり、人への温かさを込めた彼女の詩が
震災でショックを受けている日本人の心を慰めたのでしょう。

posted by デデボー at 01:53| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月29日

みんな違ってみんないい

金子みすゞ。大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した童謡詩人。26歳の若さで死ぬまでに、512編もの詩を綴ったとされています。
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出典:ウィキペディア

私がよく知っている金子みずゞの詩は
あの有名な「みんな違ってみんないい」というやつだ。


「 わたしと小鳥とすずと 」

わたしが両手をひろげても、

お空はちっともとべないが、

とべる小鳥はわたしのように、

地面(じべた)をはやくは走れない。


わたしがからだをゆすっても、

きれいな音はでないけど、

あの鳴るすずはわたしのように

たくさんのうたは知らないよ。


すずと、小鳥と、それからわたし、

みんなちがって、みんないい。


金子みすゞ 1903(明治36)〜1930(昭和5)
26年間の短い生涯に、512編の詩を残したそうだ。

彼女の詩には、人への優しさ、温かさ、思いやりが
にじみ出ているように感じる。
きっと優しい人なんだろうなと思っていた。

しかし、その生涯を調べてみて驚いた。

 3才 父の死、母その後再婚
23才 結婚
    娘の誕生
    その後、夫の浮気、失業、放蕩、創作活動の反対
    夫に性病うつされる
26才 離婚、元夫と娘の親権で争い服毒自殺

26才といっても、今でいうとその年齢の2倍くらいの
人生の辛酸をなめたのではないか。

そういう人生を知って
もう一度、写真を見て、詩を読む。

ただのお嬢さんじゃない。
厳しい現実を、愛で包み込んでいた
愛の人なのかもしれない。



posted by デデボー at 23:15| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月28日

まばたきの詩人

水野源三。長野県の一村に生まれ、脳性小児麻痺にかかり話もできず、字も書けず、自分の身体を動かすこともままならない境遇で、文字盤とまばたきで詩を作り、語り、神を讃えて多くの人に慰めを贈ったという奇跡の詩人がいた。
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水野源三先生は、1937年(昭和12年)長野県に生まれ、敗戦後間もない小学校4年生(9歳)の時、赤痢にかかり、その高熱から脳性麻痺になって全身麻痺になってしまったそうです。それ以降、食事・入浴はもちろん、座るも寝るも他人の手を借りなければ何もできない身体になってしまったのです。先生が意思表示できる手段は「まばたき」だけしかなかったというのです。

源三先生が13歳の時、訪問伝道をしていた一人の牧師さんから1冊の聖書をもらいます。お母さんはコタツの上に聖書を立てかけて、ページが風でめくれないように左右を洗濯ばさみで留めて、読んだら1ページめくってあげました。そうして聖書を読んだ先生は、18歳の時に洗礼を受けてクリスチャンになったそうです。そして、その頃から詩を作ることを始めたようです。

先生の詩集は47歳に他界するまでに、びっしり書かれたノートが4冊、およそ300ページまでになりました。その詩は神を讃え、感謝し、自分の境遇を苦にしたものは一つもなかったと言います。ここにも偉大にな神の人がいました。


「 砕いて砕いて砕きたまえ 」

み神のうちに生かされているのに

自分ひとりで生きていると 思いつづける心を

砕いて砕いて砕きたまえ


み神に深く愛されているのに

ともに生きる人を真実に愛し得ない心を

砕いて砕いて砕きたまえ


み神に罪を赦されているのに

他人の小さなあやまちさえも赦し得ない心を

砕いて砕いて砕きたまえ



「 キリストを知るためだとわかりました 」

病に倒れたその時には 涙流して悲しんだが

霊の病いやしたもう

キリストを知るためだとわかり

喜びと感謝に変わりました


友にそむかれたその時には 夜も眠れずに恨んだが

とわに変わらない友なる

キリストを知るためだとわかり

喜びと感謝に変わりました


過ち犯したその時には 心を乱しくやんだが

すべてをばつぐないたもう

キリストを知るためだとわかり

喜びと感謝に変わりました



「 ひまわり 」

庭から切ってきた
 
大きな大きな ひまわりの花が

小さな小さなことに こだわる

我が心に 話しかける

かみさまの大きな大きな愛を



「 今年も毎朝 」

今年も毎朝 母に聖書を

1ページ1ページめくってもらい

父なる御神からの

新しい力 新しい望み

新しい喜びを受ける


「 主から受けし 」

今日1日 主から受けし 多くの恵み

人々が床につくこの静かな夕べ

たたえても たたえても たたえつくせなき


胸にうれしく み言葉思い ことあるごとに

祈りをなして 主の御愛に 生かされてきし

たたえても たたえても たたえつくせなき


こころみの風 時おり吹けど 憐れみ深き

主のみ腕に 支えられていて 喜び耐えぬ

たたえても たたえても たたえつくせなき



「 生きる 」

神さまの大きな御手の中で

かたつむりはかたつむりらしく歩み

蛍草は蛍草らしく咲き

雨蛙は雨蛙らしく鳴き

神さまの大きな御手の中で

私は私らしく生きる


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源三先生も心の格闘の末に
神の愛を掴んでいったことが分かる。

どんな時にも神に向き合って
神のみ意を悟り取っていく真剣さ。

真摯に神を求めた先生の気迫が
伝わってくる。

posted by デデボー at 15:23| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月27日

ある祈りの詩

大事をなそうとして力をあたえてほしいと神に求めたのに、慎み深く従順であるようにと
弱さを授かった。

(日野原重明、こころ上手に生きる、講談社プラスアルファ文庫)
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NYリハビリテーション研究所に書かれた末期癌患者のある祈りの詩。

こころ上手に生きる (講談社プラスアルファ文庫) [文庫] / 日野原 重明 (著); 講談社 (刊)


大事をなそうとして
力をあたえてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと
弱さを授かった

より偉大なことができるように
健康を求めたのに
より良きことができるようにと
病弱を与えられた

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして
権力を求めたのに
神の前にひざまづくようにと
弱さを味わった

人生を享受しようと
あらゆるものを求めたのに
あらゆるものを喜べるようにと
生命を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞きとどけられた
神の意にそわぬ者であるにかかわらず
心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた
私はあらゆる人のなかでもっとも豊に祝福されたのだ

--
素晴らしい詩だ。
無私になって、自分を顧みて
「あらゆる人の中で最も豊かに祝福されていた」と
宣言する末期がん患者さんの言葉には
自分の中の不平や不満を一掃する力があった。


posted by デデボー at 00:08| 東京 ☀| Comment(0) | 信仰 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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